2009年6月10日水曜日

アテネ民主制の発展-ポリスの衰退

王政から貴族制へ(BC8C)

ドラコンの立法(BC621)

ソロンの改革(BC594)
債務帳消し、市民の債務奴隷化防止
財産に応じて参政権と兵役義務を課す

ペイシストラトスの僭主制(BC561)

クレイステネスの改革(BC508)
部族制を地区別に改変→貴族の基盤を崩す
陶片追放(オストラシズム)を導入

ペルシア戦争(BC500-449)
イオニア植民地の対ペルシア反乱(BC500)
マラトンの戦いでアテネ勝利(BC490)
サラミスの海戦でギリシア勝利(BC480)
プラタイアの戦いでギリシア勝利(BC479)
デロス同盟(対ペルシア軍事同盟、BC477頃)→実質的にはアテネが同盟を支配

ペリクレス時代(BC443-429)
サラミスの海戦で無産市民活躍→発言力向上
アテネ民主制の全盛期

ペロポネソス戦争(BC431-404)
デロス同盟vsスパルタ中心のペロポネソス同盟
戦争中、アテネはデマゴーゴスによる衆愚政治に陥る→ペロポネソス同盟側が勝利

レウクトラの戦い(BC371)
テーベ軍がスパルタを破り、一時覇権を握る

カイロネイアの戦い(BC338)
マケドニアのフィリッポス2世がギリシア制圧

ポリス衰退の背景
ポリス間の抗争の長期化
抗争の中で市民が没落
→市民軍に代えて傭兵制を採用
→市民皆兵を原則とするポリス社会が変質

0 件のコメント:

コメントを投稿