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2009年9月13日日曜日

しんぼる

人気お笑い芸人・松本人志による「大日本人」に続く映画監督第2弾。主演も松本人志自らが務める。メキシコのとある町。覆面プロレスラーのエスカルゴマン は、いつもと変わらぬ様子で試合会場へと向かう。しかし妻は、夫の中に広がる小さな不安を敏感に感じ取っていた。一方その頃、ひとりの男が白い壁に囲まれ た不思議な部屋で目を覚ます。男は出口も見当たらない部屋の中で途方に暮れながらも懸命に脱出を試みるが…。


『しんぼる』を観てきた。一言で言えば、『2001年 宇宙の旅』のパロディと言えばよいだろうか? 『CUBE』とか『SAW』のような、密室ものの要素もあり、彼のビデオ作品である『頭頭』のようなノリツッコミの要素もある。

ものすごく単純なプロットを、ややこしくテリングするって意味では、リンチ的ともいえる(例えば『マルホランド・ドライブ』)。

松本氏は、以前何かのインタビューで「たけしさん(北野武)はテレビと映画は別だけど、僕はテレビの延長線上に映画がある」という主旨の発言をしていたと記憶しているが(今回、『しんぼる』のプロモーションでも、テレビは放送コードや資金制約が大きいのでテレビから映画に逃げた、というようなことも言っていた)、この映画を料金を払って観たいと言われれば、個人的にはNOだ。

2009年8月16日日曜日

黄金時代(1930) L'AGE D'OR

「アンダルシアの犬」と同じく、ブニュエルが画家ダリと組んで脚本を書き、演出した前衛映画。パトロン、ド・ノアーコ侯の援助一万フランから自由に作ら れた、シュールレアリズムの悪夢。しかも音つき。しかし、「アンダルシア…」と違って、一応の筋のようなものはあり、彼の後期作品により近い。

のっけか ら、サソリがネズミを襲う映像で挑発し、何やら学術的解説が被って、ブニュエル一流のまやかしのムードふんぷん。廃人のごとき匪賊たちの納屋での語らいと 砂漠への自殺的逃亡の合間に海辺の岩場でミサをあげる大司教たちが映り、そこへ人々が船で上陸すると、骸骨が転がって驚かす。人々の中の女に飛びつく狂 人。彼は連行され、愛玩犬を蹴とばし、甲虫を踏み潰す、そしてヴァイオリンでドリブル。女は侯爵の娘で彼とは恋仲で、化粧鏡に沸く雲をみる。その家では パーティが行われ、居間に牛が、客間に馬車が…。トイレに腰かける女は男を幻視する、マグマの映像と共に水洗を流す音。女は涙し、たなびくトイレット・ ペーパーは海草である(書いてると気が狂いそうだ!)。

特にエピローグは以上の文脈から更に逸脱し、ワケわからんちんなのだが、暗喩とか小むづかしいこと は考えずに、みだらにそのイメージに淫すれば、得るものも多いだろう。狂愛の挿話を彩るのはもちろん(?)、ワーグナー作曲『トリスタンとイゾルデ』だ。

アンダルシアの犬(1928) UN CHIEN ANDALOU

今みても感嘆する他にないシュールレアリズムの映像詩。L・ブニュエルの凄い所はこのイマジネイティヴな実験精神を失わず、メキシコ時代の通俗作品、後期 の“アンチ”カトリシズムの不条理劇と、果敢な映画的創造を貫いたことだ。ダリが共同脚本を手がけた本作は全く論理的脈略はなく、あまりにも有名な、眼球 を剃刀で真二つにされる女、路上に切り落とされた手首をみつめる女装の男、痙攣する掌を這い回る蟻の群れなど、夢魔的イメージが全篇を支配している。そこ に何を読みとるかは観る者の自由。ただ、やがて内戦状態に突入していく20年代の終わりのスペインで作られた点は何かを教唆するだろう。

時計じかけのオレンジ(1971) A CLOCKWORK ORANGE

鬼才スタンリー・キューブリック監督の描く傑作SF。近未来、毎日のように暴力やセックスに明け暮れていた不良グループの首領アレックスは、ある殺人事件 で仲間に裏切られ、ついに投獄させられてしまう。そこで彼は、攻撃性を絶つ洗脳の実験台に立たされるが……。

赤一色の画面からオレンジ色に変わってゆく オープニング、「雨に唄えば」のメロディに乗せて繰り広げられるレイプ・シーン、荘厳なバロックやクラッシックをカバーした電子音楽、広々としたレコード 店の独特のセットなど、映画全編にシニカルな演出が満ち、なおかつブラックなテーマをポップに昇華させるという、キューブリック監督の手腕が冴え渡る。

「2001年宇宙の旅」と並んで、SF映画という枠におさまらない突出した輝きを持っている作品だ。

マルホランド・ドライブ(2001) MULHOLLAND DRIVE

ロサンゼルス北部の山を横断する実在の道“マルホランド・ドライブ”。眼下にはハリウッドを一望できるこの曲がりくねった道路をモチーフに、「ツイン・ ピークス」のデヴィッド・リンチ監督が描く妖しく危険なミステリー。当初、「ツイン・ピークス」同様TVシリーズとして企画されたが、その過激さから局側 が尻込みし、新しく劇場版として甦った。

真夜中のマルホランド・ドライブで起きた車の衝突事故。ただ一人助かった黒髪の女は負傷した体でなんと かハリウッドの街まで辿り着く。女が隙を見て留守宅へ忍び込むと、そこは有名女優ルースの家だった。女は直後にやってきたルースの姪ベティに見つかってし まう。とっさにリタと名乗った女を叔母の友人と思い込むベティだったが、すぐに見知らぬ他人であることを知る。問い詰めるとリタは何も思い出せないと打ち 明ける。手掛かりを求めて開けたバッグには大金と謎の青い鍵。同情と好奇心からリタの記憶を取り戻す手助けを買って出るベティだったが……。

裸のランチ(1991) NAKED LUNCH

クローネンバーグのことだから、この麻薬小説の夢魔を、かなり納得のいく形でビジュアル化できた部分も無くはない。しかし、映画としては余りにとりとめな く、映像の幻覚剤と呼ぶには衝撃の少ないグロテスクなSFXの羅列に終わった感がある。

小説家志望の主人公(P・ウェラー)は、しがないセールスマン。寸 暇を惜しんでタイプライターに向かっているが、その分、本業がおろそかになっている。妻(J・デイヴィス)は麻薬に手をだし、廃人の一歩手前。そんな中、 かつては中毒者だった彼自身、自分の売る怪しげな殺虫剤を試して、恐ろしい幻覚と溢れる想像力を交互に得るようになる……。

「ニュー・エイジ」でも共演し た主演二人がいずれも熱演で、特にデイヴィスの不気味な怪演は忘れ難い。

ストーカー(1979) STALKER/ СТАЛКЕР

“ゾーン”と呼ばれる謎の立入禁止区域。その奥にある部屋ではどんな望みも叶えられるという。“ストーカー”と呼ばれるゾーンの水先案内人は作家と物理学 者を連れて、その禁断の地へ足を踏み入れる。

「惑星ソラリス」のタルコフスキーが再び手掛けたSF作品で、原作はストルガツキー兄弟。その重々しいタッチ とは裏腹に、根底に流れるプロット自体はシンプルだが、淡々とした演出の中に織り込まれている数々の映像イメージに圧倒される一編。

悪魔のいけにえ(1974) THE TEXAS CHAIN SAW MASSACRE

旅行中の若者たちがテキサスの片田舎でふと立ち寄った一軒屋で出会った殺人鬼一家。実際に起きた事件を基に、これが商業デビューとなったフーパーが、アン グラ的な中にエキサイティングな演出を見せて観る者を圧倒させる。レザーフェイスと呼ばれる、人の顔の皮を被り電動ノコギリをふりかざす大男の存在感と、 狂気に溢れた幕切れのショック! 以降のホラーに多大な影響を与えたこの作品の異様さは、例えようが無い。

アニー・ホール(1977) ANNIE HALL

ニューヨークを舞台に、都会に生きる男女の恋と別れをペーソスと笑いで綴るアレンの傑作ラブ・ストーリー。うだつの上がらないスタンダップ・コメディア ン、アルビー(W・アレン)は、知り合った美女アニー(D・キートン)と意気投合して同棲生活を始めるが、うまくいくのは最初だけ。次第に相手のイヤなと ころが気になり出した二人の間には見えない溝ができ上がっていた。そしてアニーの前に現れた人気歌手のカリフォルニアへの誘いが二人の仲にピリオドを打つ 決定的なものとなった……。

心の声を字幕で流してみたり、いきなり本筋と関係ない人物が現れたりと、ユニークな手法も尽きないが、根底にあるのはアレンの しっかりとしたタッチ。タイトル・ロールを演じるD・キートンが主演女優賞に輝いた他、アカデミーでは作品・監督・脚本賞を受賞している。

2009年8月15日土曜日

ピエル・パオロ・パゾリーニ/ソドムの市(1975) SALO O LE 120 GIORNATA DI SODOMA/SALO: 120 DAYS OF SODOM [米]

 第二次大戦末期、ナチ占領下の北イタリア。郊外の屋敷を舞台に、ファシスト達が少年少女にあらんかぎりの変態行為を尽くすというショッキングな作品。

マ ルキ・ド・サドの『ソドムの120日』を元に、これが遺作となったイタリア映画界の奇才パゾリーニが、男色、スカトロ、拷問といった異常行為を徹底的に描 写。時代の狂気と自身の最後をフィルムに焼き付けた。興味本意で鑑賞すると内容のヘビーさに閉口するかもしれない。

ピンク・フラミンゴ(1972) PINK FLAMINGOS

凶暴な殺人鬼ディヴァインは、バブス・ジョンソンと名を変え、母と友人、そして息子とともにトレーラー・ハウス生活を送っていた。彼女の悪名に嫉妬する マーベル夫妻は、娘をスパイに送ったりして、寝首をかく機会をうかがう。一方のディヴァインも夫妻が留守中にその屋敷に潜入、そこで部屋中ツバだらけにし たあげく、息子にフェラチオを始める。その頃、トレーラーは夫妻の放火で全焼。ディヴァインは彼らを捕らえ、公開処刑に処すのだった……。

“地上で最も破 廉恥な人間”の座をめぐって、考え得る限りの変態行為が能天気に繰り広げられ、明るい気分にさせてくれるJ・ウォーターズの革命的傑作。この醜悪きわまり ない映画を日本で見ようとすると、当然、バッチリ修正が入る。それで助かる部分、無きにしもあらず。だって、老婆エディと友人エッグ・マンの挙式パーティ で行なわれるアヌス・ダンスはホンキでグロいんだもん。加えて、エピローグで“正真正銘・本番”と銘打たれるディヴァインの犬の糞ライブ喰いはやっぱり胸 がムカつきます(BGMはペティ・ページの“わんわんワルツ”)。

常識人にはあまりお薦めできない作品。製作25周年を記念して未公開シーン(ウォーター ズ自身の解説付き)で復元された<特別編>が作られ、日本でも98年にリバイバル公開された。

スパイダーマン(2002) SPIDER-MAN

ストーリー
両親を亡くし、おじ夫妻に育てられたピーター・パーカー。ミッドタウン高校に通う彼は、科学好きで人一倍オクテ。隣に住む幼なじみのメリー・ジェー ン・ワトソン(MJ)にもなかなか思いを告げられず、悶々とした毎日を送っていた。ある日、ピーターは社会見学でコロンビア大学の研究室を訪れ、そこで遺 伝子改良を施された「スーパースパイダー」に噛まれてしまう。激しい悪寒に襲われるピーターだったが、翌朝目覚めるとその体には驚異的な視力と体力が備 わっていた。さらに手首からはクモの糸が飛び出し、指先だけで壁をよじ登れるようになっていた。

私利私欲のためにその力を使ったピーターだったが、愛するベンおじさんを強盗に殺されてしまう。力の代償を深く受け止めたピーターは正義のために尽くすことを決意。高校を卒業した彼は「スパイダーマン」として、ニューヨークにはびこる悪と闘う毎日を送ることになる。

そして同じ頃、軍事企業「オズコープ」の実験室でまたひとりの怪人が誕生しようとしていた。「オズコープ」の社長であり、ピーターの親友ハリーの父 親であるノーマン・オズボーンが実験用のパワー増強剤を自ら服用したのだ。副作用で別人格が覚醒したノーマンは「グリーン・ゴブリン」となり、世界征服を 企む。

互いの正体を知らない2人の、摩天楼を巻き込んだ激しい対決が始まろうとしていた…。

その他

同名のアメリカン・コミック『スパイダーマン』 の実写映画化作品。映画化の企画自体は以前からあったが、壁に張り付き、スパイダー・ウェブで街を縦横無尽に飛び回るスパイダーマンの姿を実写映像化する のは技術的に困難といわれていた。21世紀になりCGをはじめとする特撮技術が進歩した事により、映画化が可能となった。監督には当初ジェームズ・キャメロンの名が挙がっていたが、『死霊のはらわた』などのカルト映画で知られたサム・ライミが手掛ける事となり、突然超能力を手に入れた主人公のヒーローとしての苦悩に焦点を当てたストーリーとなっている。世界的ヒットとなり三部作が作られ、更に六作目までの製作が予定されている。

しかし、本作の制作は非常に困難を極めたという。撮影開始間もない頃に、スタジオでの撮影中に機材が崩れるという事故が発生し、その事故でスタッフが1名死亡してしまうという惨事が起きた。更には、本作の舞台はニューヨークとなっているが、撮影の真っ只中に9.11が起きたため、既にカメラに映っていたワールドトレードセンターをすべて消去しなければならなくなり、完成も危ぶまれたという。TVCMも9.11が起きる前はワールドトレードセンターが映っていたが、事件後は別の映像のものに差し替えられた。

アンタッチャブル(1987) THE UNTOUCHABLES

ストーリー
1920年代から30年代初期の禁酒法は闇酒場を横行させ、犯罪組織は密造酒とカナダからの密輸により莫大な利益をあげていた。地元の警察や裁判所を買収しているギャングたちが市民への殺人も厭わない状況に政府はアメリカ第三の大都会であるシカゴへ 財務省のエリオット・ネス(ケヴィン・コスナー)を派遣する。野心家で目立ちたがり屋のネスは赴任早々、密造酒摘発で手柄を立てようとして失敗。さらに新 聞記者に写真にとられて落ちこむネスに、帰り道で会った初老の警官ジム・マローン(ショーン・コネリー)は警官の仕事は手柄を立てるのではなく無事に家に 帰ることだと教えられる。

翌日、オフィスに来たネスは抗争の巻き添えになって死んだ少女の母親から諦めないでと励まされ、新たな決意を胸にマローンを呼び出す。周りに聴かれ ないように署を出て教会のベンチに座った二人。ネスはカポネ(ロバート・デニーロ)を逮捕する決意をマローンへ打ち明け、信頼できる仲間と班を編成するた めに協力してほしいと頼む。カポネの実力を知るゆえに躊躇うマローンだが警官としての生き方を貫くことを決意する。警察学校の生徒だった新米のジョージ・ ストーン(アンディ・ガルシア)、財務省から応援にきた簿記係のオスカー・ウォーレス(チャールズ・マーティン・スミス)と四人が揃ったところでマローンが全員に銃を持たせて歩きだす。進んだら後戻りできない修羅の道、彼らはその一歩を踏み出していく…。

その他

  • シカゴ・ユニオン駅でのカポネ一派との銃撃戦の「階段落ち」のシーンは『戦艦ポチョムキン』からの引用(ちなみにデ・パルマはもともと引用する気はなく、列車を舞台にした大がかりなアクションシーンを撮ろうとしたが、予算がなくなったので仕方なく「階段落ち」を思いついたという)。(ついでに「裸の銃を持つ男3」の冒頭でパロディー化されている。)
  • 冒頭のバーの場面はよくアルフレッド・ヒッチコックの『サボタージュ』からの引用だと言われるが、昔のギャング映画に似たようなシーンがよく出てくるのも事実。
  • この映画や他の「アンタッチャブル」を描いた映像作品では、エリオット・ネスによる自伝を 原作としている。しかし、どの作品も、ストーリー面で脚色されている部分が多いものとなっている。実際のネスのチームは誰も喪うことなく職務を全うしてい る(ただし、正式メンバーでないネスの運転手が殺されている)。また、誰も買収には応じなかったとされているが、実際はメンバーの数人は買収されていた。 また、自伝にも銃撃戦の描写があるが、メンバーは「一度も銃を撃つことはなかった」と証言している。
  • この作品は、1959年から1963年まで放送されたテレビシリーズを映画化したものと思われている。しかし、実際には『ザ・アンタッチャブル どてっ腹に穴を開けろ』のリメイクといったほうがよい。テレビシリーズはカポネ逮捕後の残党を逮捕する物語だからである[要出典]。
  • 衣装はジョルジオ・アルマーニが担当。しかし、ショーン・コネリーは馬鹿げていると反対し、自前のスーツを着用した。
  • フジテレビ「ゴールデン洋画劇場」で2回目に放送された際、ネスの自宅でのシーンなどがカットされ、ネスの家族は登場しなかった(1990年の初めての放送のときにはあった)。